チャレンジャーの軌跡  「希望退職」

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希望退職制度を利用して15年以上勤めた会社を辞めた。彼は食品会社で品質管理の仕事を長くやっていた。大学院卒業後、研究開発職として入社し、初めの数年間は新商品開発に従事していたが、そこでの仕事は性に合わないと感じたらしい。

「若かったこともあると思いますが、原価計算や社内調整の仕事が多く、自分が想像していた商品開発とは違っていました。もっと物作りに携わりたい、であれば商品の創造は出来ないかもしれないけど、実際に物を作っている現場に行きたいと思うようになりました
彼は製造部への異動を希望した。赴任先は東北の工場だった。

現場を一から勉強した。本社からやって来た青白い若者が溶け込むには一緒に汗水流すのが一番の近道。パートの女性と共に包丁を持ち、ゴム長を履いた。

 

原材料の搬入から製造・出荷まで、それこそ現場仕事にどっぷり使って仕事を覚えていった。母親ぐらいの年齢のメンバーから個人的な相談を受けたり、時には人間関係の難しさに悩んだ事もあった。
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機械化の進んでいない工場で、一つ一つ作業工程を見直し標準化していった。
ここでの6年は彼の大きな財産となった。

実績が認められ、中国工場の立ち上げ支援を皮切りに、社内構造改革チームのメンバーに選出され、問題を抱える工場の業務改善を担当した。その後関連会社へ部長として出向。まさに順風満帆、ここを最期に会社を辞めることになるとは、当時は微塵も考えてなかったに違いない。

その会社はコンビニエンスストア向けの弁当・惣菜メーカーで、製造・品質管理の責任者として事業運営を任された。衛生面・品質面・配達時間に非常に厳しい仕事ではあったが、その分やりがいも感じていた。まずは現場に出向き、課題の洗い出しから始めた。品質管理体制の構築〜作業の標準化・徹底、従業員のマネジメント、クレーム電話の対応まで、それこそ出来る事は何でもやった。
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「品質管理の仕組みそのものを考えるのはそんなに難しい事ではありません。最も難しいのは、各作業工程で働く人の意識付けと現場レベルでの行動管理。ただでさえ立ち遅れている食品業界で品質保証がメーカーに問われている今、自分のやるべき仕事が見えてきました。」
彼にある意識が芽生えた。「これは自分の一生の仕事だ…」

出向期間もあと半年になろうとする頃、会社は希望退職を募った。彼は手を上げた。
40歳、小さな子供もかかえている、会社に大きな不満もない、給与も世間並み以上は貰っている。しかし、会社が人員削減に踏み切る中、出向から帰っても品質管理の仕事が出来る保証はない、今の人員構成を考えると違う部署への配属になる可能性が高いように思えた。であれば、思い切って新天地を探そう。

食品業界不況の折、職探しは難航した。来てくれという会社もあったが、なかなか意に添う会社は少ない。それでも根気良く情報収集を続け、半年後ようやく希望に近い会社に巡り合えた。給与はダウンしたが、事業の立ち上げという面に強く惹かれた。
「すでに体制が出来上がっている会社であれば改善からスタートせざるを得ませんが、これからの会社であれば仕組みや体制そのものを一から創っていく事が出来る。まさに自分の仕事の総仕上げをするにはうってつけだと感じました。まずは事業が消滅しないように孤軍奮闘で頑張らないといけないですね。何と言っても品質管理部門はコストセンター、最大の経費は人件費ですもんね。」

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本当に嬉しそうに話す姿は、既にやりたい事がいっぱいあるからであろう。一生かけてやりたい仕事と、それが出来る環境に巡り合えた幸運、あとはやるしかない。

少々意地悪な質問をしてみた。無職の期間中、奥様は心配されませんでしたか、と。

「いえ、その辺りは大丈夫です。もちろんある程度の蓄えもありましたが、希望退職に応募する前から家内とは話し合いました。自分がやりたい事、現在の会社の状況、退職したときのリスク…。無職の期間中も、小さな事まで逐一報告していました。なるべくリアルタイムにね。夫婦関係の品質管理も工場と一緒です。目標の明示と密なコミュニケーション、そして何より隠し事をしない事、これが基本です」 参りました!

インタビュー日時:2008年9月8日